夏休みに入ってからも、僕は部活で毎日学校に通っていた。
今まで同好会だった「パソコン同好会」が、晴れて正式に部活動として認められ、新しいPCがなんと3台も増えて、部室は活気に満ちていた。

中学の頃に、僕は母が使っていた古いパソコンを貰い、キーボードを叩く練習から始まって、OSのことなども一通り自分で勉強してある程度理解し、初めてインターネットに繋いだのは中学2年の夏だった。
だけど高校受験で一時中断。
そして現在、高校1年生の僕は、パソコン部に所属して学校のホームページの作成を手伝い、地味ながらも自分のホームページも持っている。

「ゆうき、きょうも双子のユウキ君からメールが来てる?」
「うん、来たよ。むこうもホームページを立ち上げたからね、掲示板やチャットでもいろいろ話し合って楽しんでるよ。」
「そう、ユウキ君のホームページ、かわいいもんね。女の子のファンが多いのもわかるわ。」
同級生の由香里は、ユウキ君のファンらしい。
確かに彼のページは、女の子向きのかわいい感じに仕上がっている。

ところで、僕とユウキ君は、たまたま彼が僕のホームページを訪れたことから知り合ったネット上の友達である。
ただそれだけなのに、どうして「双子」なのかというと、名前が同じ「ゆうき」で、誕生日も一緒で同じ歳、そして、お互いに母子家庭と父子家庭だからである。
現実に、そんなことはあるはずが無いのだが、もしかして僕達は双子なんじゃないかなんて、冗談で言い始めたのがきっかけだった。

しかし、僕とユウキ君の住む環境は全く違っていて、僕は都心に近い雑多な街なかの高層マンションに住んでいて、うちの回りには人工的に造られた気休めの自然が少しあるだけなのだが、ユウキ君の住む所は山や川がある本物の自然に恵まれた空気の綺麗な地方らしい。
「らしい」というのは、単に僕が彼の住む町に行った事が無いというだけで、彼のホームページには地元の紹介や学校で行っているボランティア活動などが書かれていて、その中には蛍の生息地である事にも触れられていた。
今では数少なくなっている、ゲンジボタルを見る事が出来る、貴重な地域らしいのだ。
彼は、子供の頃から幻想的な光を放つ蛍が好きで、ヘイケボタルよりも環境に神経質なゲンジボタルが今でも家のすぐ近くで見られることの嬉しさが、ホームページからとても強く感じられる。

そんなユウキ君を、僕は羨ましく思っていた。
正直言って、僕は乱舞するゲンジボタルを見た事が無い。
それに、蛍についての知識は、お尻が光る虫という程度で、よく知らない。
自分が住む街の自慢なんて、どこに見つけられるだろう。
だから僕は、名前も誕生日も同じなのに、環境という自分ではどうしようもないものが、僕達を全く違う人間に育て上げているようにさえ感じて、ただただ、彼を羨ましく思うのだった。

そしてついに僕は、蛍を見にユウキ君のところへ行こうと計画を練り始めた。
ある晩、二人でチャットしている時に切り出した。
「この夏休みに、蛍を見に行こうと思うんだけど。」
「8月じゃ、もうゲンジボタルは飛んでないよ。」
「でも、違う種類とか、いるんでしょ?」
「うん、いるけど・・・」
「じゃあ、詳しい事はメールで連絡するよ。オフ会兼ねて、蛍鑑賞の旅ってことで行くからさ、ね。」
と、半ば強引に、この夏休みにユウキ君のところに行く事になった。

そして、その小旅行に乗り気だったのは、意外にも母だった。
ユウキ君のところの最寄駅の近くに温泉があり、母も仕事の休みを取って、一緒に行くと言い出した。
僕だけ行かせることを心配していたのかもしれないが。

出発の日、母が同伴ならと、一緒に行きたがっていた由香里もついて来た。
僕達3人は、電車と新幹線を乗り継いで、北へ向かった。
やがて新幹線を降りてから、ユウキ君からのメールの説明を頼りに、僕達は乗合バスで、ユウキ君の住む町に着いた。

バスを降りると、そこは回りを山に囲まれた、のどかな田舎の村という感じで、鳴いているセミは都会のそれよりもいろんな種類の声が聞こえている。
ジリジリと日差しは照りつけているが、不思議と爽やかな暑さだった。
国道らしいこの道は、片側が川に沿っていて片側が山の、一本道。
「むこうだな。」
僕達は、歩き出した。
少し行くと、向こうから自転車がこちらに向かって来た。
「ユウキ君かな?」
「そうね・・・あ、でも女の子みたいよ。」
近づいて来た自転車は、僕達の前で止まった。
自転車に乗っているのは、白いTシャツに水色のスカートを着て、長い髪をうしろで束ねた女の子だった。
「こんにちは、ゆうき君御一行様ね?」
日焼けした顔は、明るい笑顔を見せた。
「そうだけど、君は?」
「ユウキよ。」
「え?・・・女の子?」
「そうよ。インターネット上では、自分のことを『僕』って言ってるの。」
「え~っ!そうだったの?」
由香里は、がっかりして言った。
「どうりで、女の子っぽい可愛い感じのホームページだもんねー。」
「ごめんね、騙すつもりじゃなかったのよ。『僕』でいたほうが、何かと都合がいいこともあってね。」
「へぇ~、女の子だったのかぁ。」
由香里とは逆に、僕はちょっと嬉しかった。
「さぁ、行きましょう。私の家はすぐそこだから。」
僕達3人は、自転車を押して歩く彼女の後に続いた。

彼女の家は、国道から少し奥に入ったところにあって、入り口から玄関までに車が何台も置けるくらいの広さがあり、家そのものも和風の大きな家だ。
「うわー、大きな家だね。」
「このくらい、田舎じゃ普通よ。」
「ここに、おとうさんとふたり暮らしなの?」
母が聞いた。
「ええ、去年までおじいちゃんもいたんですけど、今年が初盆です。」
「そうなの。」
「いいな~、田舎暮らし、してみたいな~。」
「由香里には無理だろうな。ゲームセンターも無いし、マックも無いし、退屈で3日ともたないさ。」
「そうね、ここにあるのは自然だけなのよ。」
ユウキさんが言った。
「僕には、それで充分だけどな。」

僕達は、家の中に案内された。
大きな玄関を入った先の、和室である。
「ここで少し休んで。何か飲み物を持って来るから。」
彼女は、そう言って部屋を出た。
母は荷物を置くと、縁側から外を眺めた。
「ほんとにいいところねぇ。聞こえるのは虫の声だけだわ。空気もいいし。」
「そうだね、こんなところに住んでみたいね。」
「ゆうきだって、退屈するわよ。」
「そうかなぁ。」

「さぁ、のどが乾いたでしょ、どうぞ。」
ユウキさんは、麦茶を持って来てくれた。
「あ~、なんだか麦茶もおいしいわね。水がおいしいのねぇ。」
「ほんとねー、おいしいわ。生水も飲めるんでしょう?」
「もちろん飲めますよ。でも、昔ほどじゃなくなりました。川も汚れてきています。」
ユウキさんは、ちょっと暗い顔になった。
「でも、ゲンジボタルがいるくらいだから、綺麗なんでしょ?」
僕が聞いた。
ユウキさんは、ちょっと間を置いてから、答えた。
「ゲンジボタルは、もういないの。」
「え?」
「でも、ホームページには、いるって・・・」
由香里も驚いた。
「ごめんなさい、あれは嘘なの。」
「嘘?ページにあるあの写真は?」
「あれはゲンジボタルじゃないわ。今はもう川が汚れてしまって、ゲンジボタルはここには生きられないの。」
「そんな・・・、嘘を書いていたなんて・・・」
由香里が怒った。
「みんな本気にして読んでいるのよ、嘘を書いているなんて、ひどいわ。男の子かと思ったら、女の子だったし。嘘ばっかりじゃない。」
「由香里ちゃん。」
母が、由香里を制した。
「どうしてそんな事を?」
今度は僕が質問した。
ユウキさんは、静かに話し始めた。
「私の母は、私がまだ幼い頃に病気で亡くなったの。だから顔も覚えていない。でも記憶の奥で、優しい女の人に抱かれて、川原で蛍を見ていたのを覚えているのよ。あれはきっと私のおかあさん。おかあさんが生きている頃には、ゲンジボタルが大きな光を放って舞い飛んでいたのよ。私にとって、それだけが母の思い出なの。だから、その思い出をそのままホームページに載せたかった。自分の事を男の子として書いていたのは、万が一近くの人が読んだら嘘が分ってしまうと思って、男の子として書いていたの。人を騙すつもりで書いていたんじゃないのよ。でも結果的にはそうなっちゃったわね、ごめんなさいね。」
「そうだったのか・・・」
母と由香里は、涙ぐんでいた。
「そういう事だったの・・・ごめんなさい、怒ったりして。」
「いいのよ、嘘は嘘なんだから。」
「でもさ、こんなに綺麗な自然の中でも、ゲンジボタルは生きられないの?」
見た感じでは、とても綺麗な自然が残っているようなのに。
「蛍が生きていくには、綺麗な水と水辺の土、そして餌の貝類、その全てが整っていなければいけないの。特にゲンジボタルは幼虫期には水の汚れに神経質だから、真っ先に少なくなってしまう種類なのよ。この辺でも目に見えない汚染で、ゲンジボタルの生息はできなくなってしまったのね。」
「・・・」

夕方になって母が、そろそろ予約した温泉旅館へ行こうかと言い出した。
「でも、父ももうじき帰ってきますし、そしたら車で送りますから。」
「そうね、ご挨拶したいし、じゃあそうさせてもらいましょうか。」

やがて、ユウキさんのおとうさんが、仕事から帰ってきた。
「いらっしゃい。何も無い田舎ですが、ゆっくりして行ってください。今夜はお泊まりになるんでしょう?」
「ええ、旅館を予約してあります。」
「そんな、わざわざ旅館に泊まらなくても、ここに泊まっていってください、何もお構いできませんが部屋なら空いていますから、なぁ、ユウキ。」
「あ、そうね、そうしてください。私、ごちそう作りますから。」

ということで、急きょ旅館はキャンセル、母はユウキさんと台所で料理を作ることになった。
「私がやりますから、お疲れでしょうし休んでいてください。」
「いいのよ、たまにはおふくろの味も食べたいでしょ。」
台所で賑やかに料理を作っている母とユウキさんの声を聞きながら、由香里と僕は、ユウキさんのおとうさんと話していた。
「こうして見ていると、まるで母親と娘みたいだなぁ。」
僕は、さっきユウキさんが言っていたことを、おじさんに聞いてみた。
「あのう、この辺でももうゲンジボタルは見れないんですか?」
「ああ、ゲンジボタルは見なくなったな。小さいのはいるが。」
「昔、ユウキさんがおかあさんと一緒に蛍を見たっていう場所は、この近くですか?」
「ああ、あいつはよくその話しをするんだ。おかあさんと蛍を見たって。でも、ユウキの母親は、ユウキが2歳にならないうちに亡くなっているからね、ユウキが覚えているとは思えないんだが・・・まぁ、あの頃は今よりも蛍も多く飛んでいたからね、見たとすれば、すぐそこの川原だろうなぁ。」
「そこに、行ってみたいんですが。」
「ああ、蛍を見るなら、もう少し暗くなってから案内してあげるよ。」
「やったぁ、じゃ、夕食急いで作らなくちゃ。」
由香里も台所に手伝いに行った。

そして、賑やかな夕食後、みんなで川原におりてみた。
なだらかな土手から、もう蛍の光が見えている。
「わぁ、綺麗!」
由香里が叫んだ。
「これはもう、すっかり少なくなってしまった数なのよ。」
ユウキさんが言った。
「でも、都会じゃ見れないからね。綺麗だなぁ。」
蛍たちは、ふわふわと揺らめきながら舞っていた。
「ねぇ、おじさん、ゲンジボタルはもっと光も大きいんでしょう?」
「ああ、もっと大きくて、光も強い。体が大きいからね。そりゃあ見事なもんだぞ、もう見られないが・・・」
僕の隣りで、それを聞いていたユウキさんが呟いた。
「おかあさん・・・」

その時、河岸の方から、ひとつの大きな青白い光が明滅しながら、ふわ~っと舞い上がった。
と、数個の光がそれを追うように、またゆらゆらと舞った。
「あ!」
そのユウキさんの声が聞こえたように、その光たちは次々と姿を現わし、やがて一斉に河岸から舞い上がった。
「ゲンジボタルだ!おかあさんと見たゲンジボタルが帰って来た!」
ユウキさんは、そう言って、川原に走って下りた。
「わぁー!綺麗!」
「すごいわねぇー、きれいねー。」
みんな歓喜の声をあげた。
「信じられない、こんなにたくさんのゲンジボタルが見られるなんて。」
おじさんも驚いていた。
僕は、ユウキさんの傍に走った。
そしてユウキさんを見ると、彼女は肩を震わせながら、涙をこぼしていた。
僕には何も言葉が出てこなかった。
ただ、ユウキさんと一緒に黙って蛍を見ていた。
蛍たちは、ユウキさんと僕のまわりを囲むように、ふわふわと光りながら舞っていた。

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たけちゃんからのキャラクターリクエストです。
キャラクターは、双子の「ゆうき」、高校生。

 

2000年08月08日記