誕生の記憶

-西暦2××0年、秋-

柔らかい朝の陽射しが差し込むダイニングキッチンに、アナウンサーの声が流れている。
「日本の平均寿命がまた延びました。男性は123歳、女性は136歳です。」

それを聞いた聖(ひじり)の母が、口に持っていったコーヒーカップを降ろして言った。
「まぁ!また平均寿命が延びたのね。どんどん長生きになるわねぇ。」
「そうだな、そうなると聖は今、小学校5年生だから、まだまだ先は長いぞ。長生きに備えて、今からいろんな趣味を持っていたほうがいい。年をとってからの楽しみが無いと、つまらんぞ~。」
聖の父は、そう言うと、椅子の肘掛に付いているボタンを押した。
「そんなの今からわかんないよ。」
聖がボソッと言ったと同時に、ダイニングテーブルの上に、宙に浮いた画像が映し出された。そこには朝のニュースに続いて、天気予報のロボットが映った。
「きょうの関東地方のお天気は・・・」

朝食が済んだ聖は、椅子に掛けてあったカバンを持った。
「おとうさん、先に行くよ。」
「あ、待ってくれよ、このコーヒーを飲んでから・・・」
「もぉ、僕はきょう約束があるんだ。先に行くよ。」
そう言うと、玄関に向かった。
「聖ちゃん、車に気をつけるのよ~。」
母の声に、聖は、
「行ってきま~す。」
と答えて、外に出た。

聖の家から小学校までは、徒歩で5分ほど。
住宅街の最初の交差点を右に曲がって、あとは真っ直ぐ行けば学校に着く。
しかし、今朝は登校前に寄る所があった。
道すがら、同級生の香(かおり)と徹(とおる)が、聖と合流した。
3人は、学校へ続く道を途中で左に曲がって、小さな店の前で足を止めた。
大きなガラスの戸が4枚閉まっていて、内側に白いカーテンが引かれていた。
店の上の大きな看板には「なつかしや」と書かれていた。

「起きてるかな?」
「起きてるよ、約束したんだから。」
「まだお店は閉まってるよ。」
「裏に回ってみよう。」
聖を先頭に、3人は店の裏へ回った。
裏口の引き戸に聖がそっと手をかけると、カギはかかっていなかった。
「開いてる。」
聖は戸を開け、中の様子をうかがった。
「ごめんください。」
小さい声で、そう言った。
すると、後ろにいた香が、
「もっと大きな声で言わなきゃ聞こえないわよ。うちのおばあちゃんは、そうだもん。」
と、言った。
「じゃ、3人で言おう。」
「せえの、、、」
「お入り。」
その声を聞いて、3人は顔を見合わせて、吸った息を吐き出した。

聖たちは、引き戸から家の中に入って行った。
裏口から庭へ続く土間を通って、声の主と対面した。
「おはよう。」
真っ白な白髪で透き通るような白い肌の老女が、縁側に座っていた。
「お、おはようございます。」
聖はそう言って、老女に近づいた。
あとの二人も、お辞儀をした。
「さぁ、学校に遅れるといけないからね、早く済ませよう。誰が魔法をかけて欲しいんだい?」
「僕です。」
聖が一歩前に出た。
「じゃあ、ここに立って。」
「聖は、老女の正面に立った。
すると、老女は両手を聖の頭の上に乗せて、ゆっくり左右に手を下ろし、両方の耳を手で覆った。
「さあ、終わったよ。」
両手を聖の耳から下ろして、老女は言った。
「もう終わったの?」
「ああ、終わったよ、魔法はかかった。今夜、夢の中で体験できるさ。」
「ほんとう?」
聖の瞳が輝いた。
「ああ、ほんとうだ。どんな風だったのか、ちゃんと自分でわかるよ。」
「やったー!ありがとう!じゃ、学校行くね。」
「行ってらっしゃい。」
老女の笑顔に見送られて、3人は元気良く家を出て行った。

思ったよりも早く学校に着いた3人は、まだ誰もいない教室で、さっきあった事を話し合っていた。
「1年生が言ってた事、本当だったね。」
「うん、ただの噂かと思っていた。」
「100歳を過ぎると、魔法が使えるようになるって。そしてその魔法はいろいろあるけど、あの駄菓子屋のおばあちゃんは『誕生の記憶』を見せる事が出来るって。」
「でもその、誕生の記憶って何?」
「わかんないよ。だから今夜寝てみて、明日の朝にならないと何とも言えない。今は普通と何も変わり無いもん。」
「魔法をかけられた時は?何か変だった?」
「ううん、何も。ただ、おばあちゃんの手が冷たかったなぁ。」
「へ~、僕も今度やってもらおうかな。」
「私も。」

駄菓子屋のおばあちゃんは、ナツさんといって、107歳になるらしい。
店の名前『なつかしや』は、懐かしいという意味と、ナツの菓子屋という意味があって、いつ頃からやっているのかは誰もよく知らない。なんでも100歳を過ぎた頃から『誕生の記憶』の魔法が使えるようになって、希望があれば誰にでもかけてくれるそうだ。しかし、気分が乗らないと、承諾はしてくれない。

その夜、聖はベッドに横になっても、なかなか寝つけなかった。
「なんか、緊張して眠れないな・・・」
しかし、そんなこともあるかと、日中に空き地で野球をして思い切り運動したから、目を閉じると、いつの間にか眠ってしまった。

・・・
次の朝、母に起こされるまで、聖はぐっすりと寝ていた。

学校へ行く途中、また香と徹が合流した。
「おはよう、聖、どうだった?」
「夢で見れた?」
ふたりは、さっそく魔法の効き目を聞いてきた。
「うん、見たよ。すごかった。」
そういう聖に、ふたりは益々好奇心にかられた。
「へぇ~、どんな風だったの?」
「詳しく聞かせてよ。」
そこで聖は、ゆっくりと、できるだけ詳しく、昨夜の夢の様子を話した。
それを聞いた香と徹は、驚きに顔を見合わせた。
「すごい・・・」
「僕も、魔法をかけてもらおう・・・」

そこでその日、学校の帰りに、3人は一緒に「なつかしや」へ行った。
店の中には、幼稚園の制服を着た小さい男の子と女の子が、仲良くお菓子を選んでいた。
香は、その女の子の方に声をかけた。
「ねぇ、あなたもおばあちゃんに魔法をかけてもらった?」
「ううん、かけてもらわない。だって、あたし、そんなの知ってるもん。」
「え?魔法をかけなくても知ってるの?」
「うん、もっと眠っていたかったのに、急に起こされたの。だからいっぱいいっぱい泣いたの。そしたらママが抱っこしてくれて、暖かかったんだよ。」
「・・・」
それを聞いていた徹が、男の子の方にも聞いてみた。
すると、男の子は、
「知ってるよ。僕は、頭が引っ張られて嫌だったんだ。でも、ママが『がんばって』って言ってくれたから、僕、苦しかったけど頑張ったんだよ。」
「どうして君達は、魔法をかけてもらわなくても知っているの?」
聖たちは、不思議に思った。
すると、店の奥から、ナツさんが言った。
「小さい時は、みんなが覚えているんだよ。年をとるにつれて、だんだん忘れてしまうのさ。だけど魔法をかけた時ほどは覚えちゃいない。魔法は全てを見せるからね。」
「えぇーっ、そうなの?じゃあ、本当は僕も、もっと小さい時には少しは覚えていたんだ。」
聖は驚いて言った。
「じゃあ、おばあちゃんは、自分に魔法をかけて見たの?」
香の質問に、ナツは答えた。
「いいや、残念ながら、自分には魔法はかけられないんだ、だから、どんな風だったかは分らないんだよ。」
それを聞いて、徹が聞いた。
「知りたい?」
「ああ、知りたいよ。『誕生の記憶』は神聖なものだからね。」
「ふ~ん、じゃあ、魔法を使える人を探せばいいんだ。」

そこへ、ひとりの老人が店の前で立ち止まって、こちらを見ていた。
「おお、懐かしいのぉ、駄菓子屋か。」
聖は、その老人に尋ねた。
「ねぇ、おじいちゃんはいくつ?」
「いくつって、年か?年は100歳じゃが。」
「へぇ~!じゃあ、魔法が使えるんだね、おばあちゃんに『誕生の記憶』の魔法をかけてあげて!」
すると、老人は言った。
「なんじゃ?ダンジョンの記録?そんなもん知らんぞ。だいたい魔法なんか使えないしのぉ。」
「えぇ~っ、100歳過ぎているのに、魔法が使えないの?」
「魔法?そんなもんいらんわい。(>。<)/ ⌒-~ ポイ!」
そう言って、その老人は歩き出した。
「ちょっと待って、その声は、もしや・・・」
店の奥から、ナツが急いで出て来た。
「ケンさんか?」
「お~、久しぶりじゃのぉ~、ナツさんか。ここは、あんたの店かい。」
「そうだよ、お茶でもどうかね。」
「いや、遠慮しとくわ、また来るよ。元気での。」
「ああ、あんたもなぁ。」

「ねぇ、おばあちゃん、あのおじいちゃんを知ってるの?」
「ああ、昔から知っとるよ。ちょっと変わってるけど面白い爺様じゃわ。」
「ふ~ん・・・あ、そうそう、今度は僕が魔法をかけてほしいんだけど。」
「おお、そうかい、じゃ、こっちにおいで。」

『誕生の記憶』とは、はたしてどんな記憶なのでしょう。
それは、ずっとずっと幼い頃に、誰もが持っている記憶なのですが・・・

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ケンシロウさんからのキャラクターリクエストです。
キャラクターは「ナツ」日本人、女性、107歳。

 

2000年09月25日記