夢の中

夢を見ていた。
・・・ここは、何処だろう・・・。
ふっと目が覚めて、ゆっくりと天井から横へ視線を動かすと、白い壁に青色一色で描かれた絵の額が飾られている。澄みきった青が眩しくて目を閉じた。
(ダリの絵に、こんな空があった・・・どの絵だっけ?)
そしてもう一度、目を開けて見ると、窓。
それは、雲ひとつない快晴の空の青さだった。

(もう少し寝ていよう・・・)
洋服も化粧も、昨夜のままの姿ということは分っているけど、疲れていた。
寝返りをして目を閉じる。
と、その瞬間、電話のベルが鳴った。
仕方なく、ベッドのサイドテーブルに手を伸ばし、受話器を探す。
「はい。」
ため息のような声で電話に出た。
「舞ちゃん、帰ってたの?ねぇどうする?店はしばらく閉店になるわよ。」
「誰・・・?」
「もぉ、私よ、沙耶香。」
「あぁ、ごめん、寝てたのよ。どうするって、私は今回2度目だからね、もう1回で前科になるって聞いたわ。どこか他所に行くつもりよ。」
「どこかって?」
「わかんない、まだ決めてない。」
「そう、わかった。行く前に連絡ちょうだいね。」

・・・

個室の外の廊下が騒がしい。
と、思ったとたん、鍵の無いドアが勢いよく開いた。
「動くな!そのまま!警察だ!!」
そう言って、3人の男が部屋に入って来た。
舞は、すぐにガサ(警察の手入れ)が入ったことを悟った。
もうこの客の仕事は済んで、舞は店の制服のチャイナドレスを着ていたし、客も浴衣を着ていた。それがせめてもの救い。タイミングが悪いと、裸のままの記念撮影になってしまう。
前回の経験上、舞にはよくわかっていた。
「ふたり、そこに並んで。証拠写真撮るぞ。」
私服の刑事に言われるまま、舞と客は並んでポラロイド写真を撮られた。
その後、大人しそうな中年の客は、警察に促されて部屋を出て行った。
「ちょっと待って、荷物持って行くから。」
舞は、テーブルの上に外しておいたロレックスの時計を右腕にしながら、そう言って自分のセカンドバッグを脇に抱えた。
刑事のひとりが言った。
「明日の朝刊三面記事だな、ソープランド華の摘発は。」

舞は何人かの従業員達と一緒に、警察のワンボックスカーで、警察署に連行された。
ひとりひとり別々の部屋で調書を取り、薬物反応を見るための尿検査をして、それらの手続きが全て終わったのがお昼過ぎ。
その夜、出勤していた8人の女の子達は、一睡もせずに徹夜でそれに付き合わされた。管理売春の場合、働いている女の子達は他に問題が無ければそれで釈放される。
舞は、このうっとうしいガサ入れというやつで、警察のお世話になるのは2度目だった。
「お前さん、去年も見た顔だな。」
「そうよ、店を変えたのにまたこれじゃ、まったく運が悪いわよ。」
「チクリが入ったんだ、未成年を使ってるってな。しかし、いなかったなぁ。」
「ここの社長は、そんなドジじゃないわ。」
「まぁ仕方ないさ、うちらも仕事だ。悪く思うなよ。」

・・・

「もしもし沙耶香、私よ、舞。今?東京にいるの。取りあえず仕事と住む所は見つけたから。友達の伝手で小さなパブに勤めることになったの。うん、また電話する。あんたも元気でね。」

・・・

「司ちゃん、カウンターお願いね。」
ボックステーブルで接客していた司は、ママの指示でカウンターへ移った。
湾曲した細長いカウンターで、ひとりの男性客が低い背もたれの付いた丸い椅子に座っている。
「いらっしゃいませ。」
と、愛想無く言いながら、司は隣りの椅子に座った。
水割りをショットで飲んでいるその客は、見たところまだ二十歳そこそこの大学生のように見えた。
「初めまして、司よ。よろしくね。私にも同じのちょうだい。」
カウンターの中にいるバーテンに飲み物を注文して、司は客の方を向いた。
「お客さんのことは、なんて呼んだらいいの?」
「あ・・・、純といいます。」
「純さんは、この店よく来るの?」
「いいえ、初めてです。」
司は、目の前に置かれたホワイトホースの水割りのグラスを純のグラスにあててカチンと音を鳴らした。
「ねぇ、その敬語使うの、やめない?それと、もうお酒飲める年なんでしょうね?」
「あの、僕、23ですから、アルコールは飲めますよ。」
「そう、良かったわ、未成年の坊やじゃつまんないもん。で?ひとりで飲むのが好きなの?若いのに珍しくない?」
「あんまり飲めないんです。でも、雰囲気は好きだから・・・ここの近くに住んでるんですよ。遊びに来ませんか?」
「あんたって、大人しそうなわりに言う事大胆ね。悪いけど、初対面のお客さんの家になんか、行かないわよ。」
「そうですよね・・・じゃあ、僕が司さんに会いにここに来ればいいんですね。」
「まぁ、そうね・・・ここってそんなに高い店じゃないしね。」
「じゃあ、時々会いに来ていいですか?」
「もちろん、いいわよ。」

それからというもの、純は毎日のように司が勤めるパブに顔を出した。
何度も話しているうちに、次第に司は純に心を開いていった。
そんなある日、いつものようにカウンターで並んで話している時に、純が司に言った。
「手を見せて。」
「手?どっちの?」
「左手。」
司は左手を差し出した。
純はその手を優しく両手で包むと、手のひらを上に向けた。
「何をするの?手相でも見るの?」
「うん。」
「わかるの?」
「だまってて。」
純は司の手のひらを、しばらく真剣に見ていた。
「・・・司さん、あなたは本当の自分を隠して生きているね。」
「どういう事?」
司は、笑った。
しかし、純は真剣な顔つきで続けた。
「ダメだよ、とても無理をしているね。司さんはそんな人じゃないのに。」
司は、ちょっとムッとした。
「私は無理なんかしてないわ。私は私よ、これでありのままの私なの。」
「そうかな・・・だって、司さんって本名じゃないでしょう?」
「あぁ、これはお店で使っている名前だから本名じゃないわ。でもそんなこと、こういう仕事をしていたら、あたり前でしょう?」
「本当の名前は?」
「本当の名前は・・・」

・・・

「本当の名前は・・・真理。私は真理よ。」
「マリさんか、いい名前だね。どう書くの?」
「真実の真に、理性の理。」
「ふぅん・・・」
「私の本当の名前が、どうかしたの?」
「ううん、ただ聞きたかっただけ。ご両親が付けた名前なんでしょう?」
「そうよ、本名だもの。あなたもそうなんでしょう?」
「僕の名前は、両親が付けたんじゃありません。」
「じゃあ、誰が付けたの?」
「たぶん、施設の園長先生かな・・・」

・・・

真理は、夢を見ていた。
・・・ここは、何処だろう・・・。
ゆっくり目を開けると、大きくて寝心地の良いベッドの上に横になっていた。
「まぁ、やっと目が覚めたのね。いいのよ、ゆっくり休んでいなさい。」
「・・・?」
「あの事故から3ヶ月経つというのに、リハビリは進んでいないようね。でも急がなくていいのよ、きっと元通りの真理に戻るわ。そのままでいて、お茶を持ってくるわね。」
そう言うと、上品そうな婦人は部屋を出て行った。

真理は起きあがって、ベッドから降りた。
そして大きな窓に近づき、外を見た。
空は快晴、下を見下ろすと、そこは広い庭のようだった。
静かで落ち着いた空気が漂っている。
「ここは・・・」

・・・

「ねぇ、純、・・・私、時々同じ夢を見るの。」
「どんな?」
「どこかのお金持ちの家の、お嬢様の自分の夢。でもそこは、とても居心地が悪くて、私が私じゃないような気がするの。でも妙に現実感があって、だから尚更そこから抜け出したくなるの。」
「今のこの現実の方が、好き?」
「うん、確かにこの現実の世界は生きていくために辛い思いもするけど、あんな退屈なところよりも楽しいわ。純とも知り合えたし。」
「僕も同じ夢を何度も見たことはあるよ、だけど夢は夢だよ。こうして二人でいる現実のほうが、いいに決まってるさ。僕と一緒にいたほうがいいでしょう?」
「もちろんよ。」
「ひとつ、真理さんに謝らなくちゃいけないことがあるんだ。」
「なぁに?」
「僕、ほんとは手相なんて見られないんだ。この前のは全部、嘘。」

・・・

真理の母は、死んだように眠る彼女の顔を見ながら思った。
「この子、この頃ますます眠っている時間が長くなったわね・・・」
寝室の壁には、暗い空が僅かに見える、サルヴァドール・ダリの絵画『夢』が飾られていた。

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Primさんからのキャラクターリクエストです。
キャラクターは「真理」女性。

2000年10月27日記